This photo of my photoblog was taken in Okayama.
写真ブログの写真は岡山で撮影。
戦地へ
1972年3月、ベトナム戦争が飛び火し、戦いが激化するカンボジアに入国、フリーランスの戦争カメラマンとして活動を開始。以後ベトナム戦争・カンボジア内戦を取材、アサヒグラフやワシントン・ポストなど国内外のマスコミで活躍し、「安全へのダイブ」でUPIニュース写真月間最優秀賞を受賞する。カンボジア入国以後、共産主義勢力クメール・ルージュの支配下に有ったアンコールワット遺跡への一番乗りを目指しており、1973年11月、「地雷を踏んだら“サヨウナラ”だ」と友人に言い残し、単身アンコールワットへ潜入するも、そのまま消息を絶つ。それから10年たった1982年、一ノ瀬が住んでいたシェムリアップから14km離れた、アンコールワット北東部に位置する、プラダック村にて遺体が発見され、両親によってその死亡が確認された。その後、ポル・ポト派により、処刑されていたことが判明した。彼の生きざまは書籍や舞台などになり、1999年には浅野忠信主演・五十嵐匠監督による映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』によって若者の間でブームとなった。また一ノ瀬の没後30年にあたる2003年には『地雷を踏んだらサヨウナラ』をプロデュースした奥山和由の制作、中島多圭子監督によるドキュメンタリー映画『TAIZO』も公開されている。現在、現地には村人が遺族の許可なしに勝手に建てた「墓」があり、旅行者から拝観料を巻き上げたり、エイチ・アイ・エスの日本語ガイドが一ノ瀬の写真を模写した絵をTシャツにして販売しているが、これらはもちろん非公認である。著作に『遥かなりわがアンコールワット』『地雷を踏んだらサヨウナラ』などがある
石川 文洋(いしかわ ぶんよう、1938年 - )は、日本の報道写真家。沖縄県那覇市出身。5歳の時家族で千葉県に移住、学生時代を過ごす。東京都立両国高等学校定時制卒業。毎日映画社、ファーカススタジオ(香港)勤務を経てフリーに。ベトナム共和国の首都サイゴン(当時)に滞在し、主に戦場で取材活動を行う。朝日新聞社出版写真部勤務(1969年 - 1984年)の後再度フリーに。1990年~1991年、ピースボートに招待され、乗船。長野県諏訪市在住。ベトナム戦争の従軍取材による多数の報道写真で知られるが、撮影対象のジャンルは広範囲に渡り、各国の紛争地帯での撮影のほか、人々の生活から見える社会情勢の写真、肖像写真、舞台芸能(琉球舞踊)の写真なども撮影している。