peeping cat

This photo of my photoblog was taken in Okayama. 写真ブログの写真は岡山で撮影。

現在最も一般的なフォーマットである、35mm判フィルムを使用するレンジファインダーカメラを代表する機種といえば、戦前であれば「ライカ III」などのLマウントライカ、戦後ならば「ライカM3」から始まるMマウントライカであるとの認識は論を待たない。それはライカが世界初の35mm判カメラであることと、長期にわたり他の追随を許さなかった高性能ゆえに、その外観・機能を模倣した数多くのコピーカメラが製造されたことが裏付けている。戦前ならば米国の「カードン」、英国の「リード」、日本の「ハンザキヤノン」など、戦後もキヤノン、ニッカ(のちのヤシカ)など日本の各メーカーやソ連、東欧諸国などがこぞってライカを模倣し、互換機ないしはデッドコピーを作りつづけた。ライカには、かつてドイツ国内に「コンタックス」という強力なライバルが存在した。コンタックスを製造したカール・ツァイス社は、1930年代当時のドイツ最大の光学機器メーカーとして君臨し、ライカを製造していたエルンスト・ライツ社と激しい開発競争や販売合戦を繰り広げた。極論すればドイツの戦前の35mm高級カメラはライカとコンタックスの2機種であり、日本のメーカーも大きな影響を受けている。軍需メーカーであった日本光学が、戦後になってコンタックスの外観を模倣し、内部機構はライカ方式を踏襲することから始めた「ニコンS」シリーズのレンジファインダーカメラなどがそれに当たる。一方、35mm判以外の小型カメラや、中・大判カメラにおいても、小型・軽量化に有利なレンジファインダー方式は広く一般的に採用されていた。やはり光学先進国であったドイツ製品が中心であり、ツァイスの「イコンタ」シリーズ、フォクトレンダーの「ベッサ」、プラウベルの「マキナ」などが著名で、主に上位機種に搭載された。なお、これらも35mm判カメラと同様に各国でコピー・模倣機が製造され、日本でも戦前から六桜社や千代田光学(共に現コニカミノルタ)の「セミパール」「セミミノルタ」など、数多くの製品が作られ普及した。日本の場合は、戦後の摸倣期から脱却した1960年代半ば以降、高級35mmカメラの中心が一眼レフへと移行したため、高級カメラとしての35mm レンジファインダーカメラは、ライツ社にライセンスを受け、ミノルタが製造した「ライツミノルタCL」「ミノルタCLE」などの一部機種を除いてほとんど製造されていない。レンズ交換式・フォーカルプレーンシャッター搭載の高級レンジファインダーカメラは、その後1990年代前半までほとんど忘れ去られた存在であったといってよい。(ただしコンパクトカメラの分野においては、中・上級機種はその後も一貫してレンジファインダー方式が主流であり、その後に普及したコンパクトAFカメラの構造も、基本的この原理を踏襲している。)現在はライカのMマウントのパテント権が消滅したことなども手伝って、近年のクラシックカメラブームに乗り日本のコシナのベッサシリーズやコニカからヘキサーなど、Mマウントに互換性のあるマウントを採用した同形式のカメラの発売が相次いだ。また、ニコンはかつて製造していたレンジファインダー方式のカメラであるS3を2000年、SPを2005年に、共に限定品として復刻販売している。ツァイスも2005年からコシナと共同してZM(Zeiss M)マウントのレンジファインダー機Zeiss Ikonを製造・販売している。また2004年にエプソンから世界初のレンジファインダー式デジタルカメラ「R-D1」が発売され、2006年にはライツ社からもレンジファインダー式デジタルカメラ「M8」が発表された。

一眼レフレックスカメラ(いちがんレフレックスカメラ)とは、単一のレンズを用いて、実際に撮影されるイメージをファインダーで確認することができるスチルカメラ(still camera)をいう。ドイツ語のシュピーゲル・レフレックス(Spiegelreflex:鏡の反射)という言葉が表現する通り、反射鏡を使ってファインダー(スクリーン)に結像させる機構が特徴である(多くの機種で反射鏡による像逆転を避けるためにペンタプリズムが使われている)。

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