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This photo of my photoblog was taken in Okayama. 写真ブログの写真は岡山で撮影。

コダック(Kodak、NYSE:EK)は、米国に本拠を置く世界最大の写真用フィルムメーカーである。創業は1880年。米国法人であるEastman Kodak Companyの本社はニューヨーク州ロチェスター、同社の完全子会社で日本法人のコダック株式会社(Kodak Japan, Ltd.)は東京都中央区に所在する。写真関連製品のほか、医療用X線フィルム、映画用フィルム、デジタル画像機器などの事業も行っている。1889年の日本進出以来、長い間長瀬産業と提携関係にあり、1986年に統合でコダック・ナガセ株式会社(現:コダック株式会社)を設立したが、1989年頃に提携関係を解消している。コダックという社名は、力強くてシャープな感じがすると同時に、創業者のお気に入りでもあった「K」をはさんだ単語を幾通りも考えた結果生まれたものである。2007年、米イーストマンコダックの映画用カラーフィルムで撮影された作品が、アカデミー賞誕生以来79年連続して最優秀作品賞を受賞している。

サントリー角瓶(サントリーかくびん)は、寿屋(現・サントリー)から1937年に発売され、その亀甲模様のガラス瓶の形から愛称が付き、今日まで発売され続けているウイスキーの一つである。1929年に発売された白札(今のサントリーホワイト。竹鶴政孝が手がけていた)に続いて発売されたウイスキー。当時、舶来産ウイスキーの味になれてしまっていた日本人からは、本場のようで微妙な味の白札は「煙臭い」(ピート臭が強すぎたのである)などと受け付けられなかった。また、鳥井信治郎は竹鶴が本場スコッチにこだわりすぎるのを疑問視していた。その後、竹鶴の契約満了に伴う退社を経て、鳥井はウイスキー作りを根本から改めた。そして白札から期間を置くこと8年、1937年10月8日に満を持して発売される。角瓶こそ、鳥井が長年求め続けていた「日本人のための国産ウイスキー」であった。おりしも日本が戦時体制に突入しつつある中で、舶来産のウイスキーが輸入停止になったことや、スモーキーな熟成を重ねた味が日本人の舌をとらえて、好調に売り上げを延ばし、さらに当時の日本海軍(英国海軍をお手本にしていたため、海軍士官の嗜好酒はウイスキーというのが主流であった)へ大量に納入し「大日本帝國海軍指定品」となったことで、サントリーのウイスキーの歴史の礎を築いた一品であると共に、1923年より国産ウイスキー事業を定着させようとするも、失敗続きで窮地に立たされていたサントリーウイスキーがこの角瓶の成功で、抱えた損失を一掃するほどの成功を収めた。この勢いを駆って、3年後にはブレンデッド・ウイスキーの傑作、オールドを誕生させるが、戦時下の折、贅沢品の発売はならず、戦後しばらくしてから世に出ることになる。発売当時は「サントリーウイスキー12年」だったが、その特徴ある瓶の形から、1950年代に名前が「サントリー角瓶」に変わった。過去に長年にわたって新聞にて広告展開され、1980年代に起きたコピーライターブームの中から登場した仲畑貴志はサン・アド在籍時代に同製品のコピーを数多く手掛けて、これまでに「娘の帰りが遅い夜」や「角÷H2O」や「新發賣 昭和拾弐年・角」などの傑作広告を残している(仲畑本人はこの広告で自身のコピーセンスを磨いたことなどから、本人曰く「僕のミルク」であるとも言っている)。1992年には辛口でスッキリとした味わいを持つ「白角」、1999年には芳醇でマイルドな「味わい角瓶」が、2007年には味わい角瓶に代わりアルコール43度でローヤルに似た風味も感じる若干濃い味の「角瓶<黒43°>」が加わり、現在もこのラインナップで販売が続いている。ラベルのシンボルマークとして長年使われたサントリーのシンボル「向獅子マーク」は、1990年代にサントリーのCI導入に伴い、サントリーの社章として一時期使われた「響」の字を図案化したマークに変更されるが、2007年の商品リニューアルから「向獅子」マークが復活した。発売当時より流行に追随せず、瓶の形も、主となる味も変わることなく、2007年で発売70周年を迎えたことから、サントリーが持つウィスキーの中では息の長いブランドのひとつであり、またこのウィスキーを愛する人々を「古き良き頑固者」として「角」と形容することも多い。

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